#106 余白とはなにか~お金があっても幸せになるのか~
RENDEZ-VOUS 代表 浅岡が提唱する生き方の指針
時代編集会議を更新させていただいた。本当は時代社設立当初は週1やるぞ!と思っていたのに、人間は忙しさに弱い。ただもう少し今後は更新頻度は増やしていく予定ではある。
今回は余白ということについて投資先のRENDEZ-VOUS代表の浅岡さんと話していたことで、これは今の時代の生き方に重要な概念ではないかとおもって何かに残したいと思って記録をしてみた。
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余白とは何か
仕事の世紀に我々は生きている。もちろん仕事自体はずっと続いてきているが、ハンナ・アーレントでいうLaborが多い時代に生きてしまっている気はしている。この余白の会を自分でききながら、このことに対してのある種対抗手段のWorkやActionというものが混ざったものが”余白”という概念で表現されているのかもしれない。
下記はAIに聞いてだした分類と特徴である。本編でも話したが仕事をすることだけがかっこいいという価値観、お金こそが絶対的なものになっていくなかで終わりなきLaborをしていくなかで、それだけではどうなのだろうか?というのが気づき始めているのかもしれないと思っている。これは世代なのか今の時代の空気なのかはわからないけれども。
だからこそ、遊びでも趣味でもなく”余白”という概念を用いて、浅岡さんは話しているのではないかと思えた。簡単なものではないけないと彼は話していた、多分それは気晴らしにしかならないからだろう。
お金と時間があっても幸せではない人はいる
彼が人間観察をするなかではやくからこれに気づいているのが慧眼ではある。余白というものそれに対してもちゃんと努力して得ないといけないというのは自分には刺さる。彼を見ていると遊び人/趣味人という感覚をもっていたが、その裏にはちゃんと努力して余白を見つけようとしている姿勢があるのだと思う。
ただ出社して働いて、家に帰る。この繰り返しの中になにが生まれるのか。それは家族という存在とくに、子供という存在ができるとおそらく何かは変わるのであろう。ただ昔書いたがそれだけが幸せと定義するには苦しすぎることもあるだろう。
自分は車をRENDEZ-VOUSに投資するまでは一つも興味なかった。高いし、タクシー利用のほうが都内においては全然安いだろうと。多分それは正解何だろうと思う。ただその意思決定に余白が入る隙はない。実際に勇気を出して買ってみたら、世界は広がった。車があるからどこいこうかとか含めて、ある程度能動的に人生や日常を捉えられるようになった。ただ経済的には多分意味はないし、車がないほうがお金は貯まるだろう。ただそういう価値観では見えない何かが求められている時代のような気もしている。
余白マーケット
隙間なく金融的感覚で時間を埋めていくことはある種簡単だが、それは正しいのだろうか。ただ一方で本編でも話したけど、趣味だけやっていてお金がどうでもいいという話でもない。なにかこの辺りの感覚を満たしたり補助する事業というのは今社会に求められている気もしている。それはNOTAHOTELやSANUのような別荘事業かもしれないし、RENDEZ-VOUSのような車の共同保有サービスなのかもしれないし、何か余白というのを軸にマーケットがあるかもしれない(このように結局は金のかたまりとして見てしまうVCっぽさがあるので、自分は余白マスターではないなとおもう)


