昨日、ドナルド・トランプ氏が再びアメリカ大統領に就任しました。初回政権(2017~2021年)のときと比較して、アメリカ国内や世界情勢はさらに流動的になっている。ウクライナ紛争の長期化、世界的インフレ、新興国の台頭、デジタル通貨やAI技術の普及──これらはアメリカの国際的影響力を相対的に弱める要因である。
トランプ政権2.0が誕生した場合、日本を含む世界各国はどのようなインパクトを受けるのか。彼が考える政策をみていると「ヘゲモニー国家の終焉」というのが自分の中では感じたものだ。そういた時代が来るにあたって日本として、また自分がいま職業として働いているベンチャーキャピタル・スタートアップとしてはどういうことが起きるのかについて考えてみる。
ヘゲモニー国家の終焉とは何か
まず、「ヘゲモニー国家が終焉を迎える」とはどのような状態なのかを整理してみたい。ヘゲモニー国家とは、単に経済力や軍事力が最強の国を指すのではなく、自由貿易や国際機関への大規模な資金拠出を通じて世界秩序のルールメーカーとして振る舞う国を意味すると考える。アメリカは20世紀後半からその座にあり、各国の繁栄を牽引してきた。いわゆるパックス・アメリカーナの時代。(厳密にいつおわったのかは怪しいけど。)
しかし21世紀に入り、中国の台頭や国内の政治分断、長期化する対外戦争などによって、アメリカの覇権は少しずつ揺らいでいる。2017~2021年のトランプ政権下では、パリ協定やWHOへの拠出停止、保護貿易の強化など、それまでアメリカ自身がリードしてきた国際協調路線を自ら背反するような動きが相次いだ。覇権国家が「自国最優先」へ転じたことは、すなわち「自由主義を維持する余裕を失った」というサインではないか。
歴史的には、19世紀後半のイギリスが産業上の優位を失い、帝国主義へと転換した動きに似ているといわれる。(下記引用参照)
覇権国家が“世界のための自由”を維持できなくなる段階に差しかかると、内向きな保護主義や国家主義を取らざるを得なくなる──そうした歴史のリズムを踏襲するかのように、アメリカもまた「世界の警察官」を辞めつつある。
フランシス・フクヤマが歴史の終焉をいったが愚かしい議論であり、歴史の反復を表す。それまで第1世界を統率し保護する超大国として自由主義を維持してきたアメリカがそれを放棄し、新自由主義を唱え始めている。つまり、資本主義経済のヘゲモンとしての米国の終焉が生じた。これは19世紀後半にイギリスが産業資本の独立的優位を失い、それまでの自由主義を放棄して帝国主義に転化したことと類似する。(力と交換様式)
トランプ2.0の基本方針:アメリカ第一主義の加速
https://www.mri.co.jp/knowledge/opinion/2025/202501_2.html
再び“America First”
トランプ氏が掲げる「アメリカ第一主義」は、国際協調や多国間条約を「米国の負担が大きすぎる」という理由で敬遠する傾向を強く感じる。とりわけ、共和党内のトランプ支持層からは、さらに強い“国内回帰”への圧力がある。Make America great againであって、決してMake world gret againではないのだ。
保護貿易・関税強化
「自国産業を保護するためには関税強化を辞さない」という姿勢を一貫して主張してきたトランプ氏は、再び関税障壁を高めることで国内の製造業や農業、エネルギー産業を活性化させようとしている。ほってほってほりまくる!と化石燃料において宣言しているほどだ。今後は二国間交渉によって有利なディールを求めたり、自由貿易圏を限定的にしか認めない動きが加速するはずだ。
DEIへの逆風
多様性や公平性を重視するDEIの取り組みに残念ながら逆風が吹くと考える。保守的な政策や移民規制の強化に加え、女性やマイノリティの雇用促進策を「逆差別」とみなす風潮が強まり、企業や教育機関で育まれてきた包括的施策が後退する可能性が高い。さらに、性的マイノリティや人種的少数派に対する保護政策も「不公平」と非難され、ダイバーシティを推進する動きが連邦レベルで抑制される恐れがある。
規制緩和と小さな政府
保守派が求める小さな政府と新自由主義的な規制緩和は、トランプ政権2.0でも柱になる。この文脈においてCryptoやAI含めてテックの著名人が指示している理由でもあると思う。大幅な減税、FDA(食品医薬品局)の改革、あるいは行政機関の予算削減などを通じて、短期的には経済成長を目指す姿勢が強まる。一方で、社会保障や環境対策が大幅に後退する懸念もあると思う。
アメリカ第一主義がもたらす、日本のスタートアップへの影響
前述したようなトランプ2.0の基本方針を前提としてたときに、日本のスタートアップやVCが注視すべきポイントについて考えてみたことを書いてみる。以下の論点は相互に絡み合う部分があるが、それぞれの観点から日本のエコシステムへの影響を列挙してみたい
保護主義の拡大が及ぼす影響
トランプ氏が再び大統領に就任した場合、関税の大幅引き上げや、特定国との二国間交渉による保護貿易措置が一段と強化される可能性が高い。これによって、米国市場へのアクセスが厳しくなる国や企業が増えると考える。
中国企業などの日本進出加速
アメリカへの進出が難しくなった中国や東南アジアの企業が、「次善策」として日本市場を積極的に狙う可能性は十分にあると思う。そうした動きは、日本国内のスタートアップにとって「海外企業との協業機会の増加」を意味する一方、「市場競争の激化」を招くリスクもあると考える。資金調達環境の変化
日本のスタートアップが米国VCから資金を調達する場合、政治的リスクによって審査や規制が厳しくなることを想定する必要があると思う。現状は逆に中国に投資ができなくなったため、日本に着目している感じはあるがこのトレンドもいつまで続くかはわからない。
国際協調の後退と規制緩和への影響
トランプ政権は、パリ協定離脱やWHOへの拠出停止をはじめとする“一国主義”を再び鮮明に打ち出す可能性が高い。これは国際協調の後退を意味する一方、米国内では規制緩和が加速するシナリオも十分あり得ると思う。
米国内スタートアップシーンの活性化
規制緩和によって、医療・バイオ・AIなどの分野で新薬承認プロセスの短縮やデータ利用の拡大が進み、スタートアップの活躍の余地が広がるかもしれないと考える。日本企業やスタートアップが早期にプロダクトを米国でローンチするチャンスも生まれる可能性があると思う。宇宙なんかもアメリカにより軸足をうつす日本のスタートアップがよりでてくるかもしれない。脱炭素分野などへの逆風
トランプ氏が脱炭素政策を棚上げし、化石燃料増産に注力した場合、クリーンエネルギー系スタートアップには逆風が吹くかもしれないと考える。ただし、欧州やアジアでは環境・脱炭素シフトが続くため、環境テックやグリーン投資は別の地域で成長機会を見いだす道もあると思う。
Crypto分野への影響
ナショナリズムと暗号資産の“ボーダーレスな思想”が一見相容れないように思えるが、トランプ氏の規制緩和路線との相性の良さもありCryptoへの規制緩和などは期待できる。
規制緩和が進めば、証券法やKYCまわりの規制が一部緩和され、米国内でICOが増加する可能性があると思う。一方で、金融犯罪への監視が強化されれば、Cryptoプロジェクトに対する摘発や罰金も増えるリスクがあるため、振れ幅の大きい状況でもある。
日本の起業家からも、数年前は規制を理由にドバイに若手起業家などが多く向かっていた時代ではあったが、トランプ2.0の時代にはアメリカに渡米してUSの法人を立てる起業家が多くなるかもしれない。
日本のソフトパワー(アニメなど)への影響
日本のスタートアップが海外展開を図る際には、「アニメ」「漫画」「ゲーム」といったソフトパワーが強力な後押しになってきたと考える。ところが、自国優先を極端に進めるアメリカの動向次第では、このソフトパワーの勢いが落ちるリスクを見据える必要があると思う。
文化的規制や関税の可能性
トランプ政権が「自国産業保護」の名目で海外コンテンツへの関税や配信規制に踏み切った場合、日本のアニメやゲームのビジネスチャンスが狭まる恐れがあると考える。アメリカ市場での人気を背景に成長してきたスタートアップや出版社にとって、思わぬ障壁が発生するかもしれないと思う。グローバル分散によるブランド維持
アメリカ以外の地域──アジアや欧州などでは依然として日本のアニメやポップカルチャーに高い需要があると考える。日本のスタートアップは、そうした多元的な市場開拓を進めることでソフトパワーの影響力を維持し、国内外の投資家からの評価を得る道があると思う。
スタートアップという視点に焦点を当て影響範囲を考えてみた。しかし、トランプ政権2.0が「アメリカ第一主義」をさらに加速させた場合、その影響はより、国際秩序や歴史の大きな潮流にまで波及する可能性があると思う。覇権国家が自国内向きの保護主義を強めると、世界規模での協調体制に変化が生じ、極端な場合には過去の歴史が示すような帝国主義的転換が起こるリスクも存在すると考える。その点についても少し考えてみたい。
American Dynamismのナラティブの強化と、帝国主義的転換の可能性
19世紀末のイギリスが自由主義の担い手から帝国主義へと転換していったように、覇権国家が「自国の産業と領土を守る」という名目で世界規模の影響力を強化しようとするとき、そこには新たな帝国主義の萌芽が生まれてしまう可能性が残念ながらあるとは思う。
現在、アメリカでは有力VCのAndreessen Horowitzが「American Dynamism」という投資テーマを積極的に推し進めていることは以前も、記事にした。
これは国防・インフラ・サプライチェーンといった領域に革新的テクノロジーを導入し、“アメリカの国内力”を再生させるというナラティブである。実際、宇宙・防衛・エネルギーなどの分野で次々とスタートアップが立ち上がり、国家レベルの課題解決に民間テクノロジーを活用する動きが加速している。(そしてトランプも火星に人を送る!とも話て、イーロンが大喜びしている動画もみた。)
この流れを見ていると、日本においても「日本の産業で、日本の力で、日本を守る」という文脈の投資テーマが成立する可能性は十分にある。サプライチェーンの国内回帰、防衛技術や食糧生産の内製化、災害対策インフラなど、“Japanese Dynamism”とも呼べるような取り組みがスタートアップの新しいフロンティアになるかもしれないし、シンプルなアナロジーとしてはある。海外からの調達に頼らず、自国で研究開発や生産を完結させる方向性は、地政学リスクが高まる今の時代だからこそ注目を集めるかもしれない。
一方で、こうしたナラティブがエスカレートした場合、「自国主義」「排他主義」「他国への介入」といった要素が混ざり合い、新たな帝国主義的傾向を生み出す恐れもある。防衛やインフラ分野に巨大な投資が集まり、それぞれの国が「自国こそが正義」という名目で先端技術を軍事・支配の方向へ振り向けてしまうリスクを無視できない。ウクライナ侵攻を見ていてもこれは歴史の教科書の話ではなく、現在進行系で起こっていることである。
かつての歴史が示すように、覇権や領土拡張を巡る競争が激化すると、当初は防衛や国益保護を謳っていたはずの技術や政策が、結果として帝国主義的な拡大路線を正当化する手段になる可能性がある。戦争はすべて防衛戦争と解釈できてしまう。
このため、”Japanese Dynamism”を検討する際には、「国防やインフラを強化すること」と「グローバルな協力・調和を維持すること」のバランスをどのように取るかが重要ではあると思う。自前主義とオープンコラボレーションをうまく両立させることで、歴史の反復を回避しながら、新たな産業・テクノロジーの力で自国を守りつつ世界に貢献できるかどうか──そこに、この時代におけるスタートアップや投資家らしさであり、そこを意識せず資本主義の侵略体質に身をなげてしまうと世界全体が良くない方向性に加速していってしまう可能性がある。
ポストパックス・アメリカーナの時代を考える
いままで書いてきたように、トランプ政権2.0というシナリオは、単なる“政権交代”ではなく、アメリカが覇権国家としての役割を手放す大きな転換点になる可能性がある。歴史を振り返ると、覇権国家の凋落や保護主義への回帰は世界的な混乱を伴うものだが、新たな秩序やイノベーションが生まれる土壌でもある。
日本のスタートアップやVCにとっては、先行きが不透明な外部環境の中だからこそ、複数のシナリオを想定することが大事なのではないかとも思う。アメリカ市場にこだわりすぎない一方で、アメリカからの投資機会も捨てず、アジアや欧州、中東など広範囲な地域と進出していく流れもできるのではないかとも思う。ソフトパワーを含めた日本独自の強みを維持・発揮しつつ、新しい技術や規制緩和の波をキャッチすることで、むしろ「ポスト・ヘゲモニー時代/ポストパックス・アメリカーナの時代」でこそ輝ける道を探していきたい。
それはスタートアップという文脈でも課題だし思想上も形成・訂正・修正がもとめられてくるのではないかとも感じる。そういったものも今後またこのブログで考えていきたい。