#110 人間らしさとはなになのか
書評:BRAIN WORKOUT
本をね、ちゃんと読みたいと。そう思ってはや数年。最近やっと無理矢理にでも時間を作って本を改めて読むことを再開した。あと直近カンヌいったり京都いったり新潟いったりとかで移動が長くあったので、移動の時に本を読むことを決めていたからそれですすめた。また新潟の旅行記とかは気軽に書きたいと思う。
友人から勧められた1冊を今回は読んだ、BRAIN WORKOUTという本だ。副題として人工知能(AI)と共存するための人間知性(HI)の鍛え方とある。
AIの時代になにが重要になってくるのかというのはビジネスパーソンに限らず全員が考えている話でそういうのを雑談していたときに勧められた。著者はObsidianとかつかって結構自分の仕事も効率化しているらしい。自分は結構最近そこまでObsidianのやつできないなとなった。
AI時代のハウツー本ぽさもありつつも、示唆に富む
全般的にはAI時代には人間の知性というのが大事でその知性を鍛えていくためには、生命・脳・記憶の仕組みについてよく理解し、運動・睡眠・瞑想・対話・読書・デジタルというモードについてそれぞれを使いこなしながら生きていこう!みたいな本である。AI時代のハウツー本でありながらも各章が結構深ぼられて、そういったテーマに興味ある方には一読の価値があると思う。
運動や睡眠・瞑想など含めて、確かにいままでやったほうがいいということは聞いていたものの、ここまでまとまってその良さの納得度があがるので、そういった意味ではネット記事のハウツー本よりは遥かに深い知見を得られるし納得できる。
人間には身体がある
AI時代に知能という点においては人間が勝てる見込みは少ない。一方で知性というものは人間から出るものであり、その知能と知性どちらもを身体の生命活動からきていることを重視すべきだという話はしっくりくる。
“「知性」とは、明確な答えがない問いに対して、その答えを探究する能力 “とこの本では定義されているが、そういった知性を過敏に感じ取れるためにも運動・睡眠・瞑想のような身体との関わりがあることを重要視しないといけない。
AI時代に健康ややる気が一番大事だみたいな論調があるが何かそれにも近い気がするし、なにかこの身体というのは時代のテーマ感にある気はしている。
私達のホメオスタシス維持の生命活動と、そのための身体機能が、情動、感情、心を生み、意識、思考、そして行動に繫がるということが、最初に理解すべき重要なポイントです。後で繰り返し出てきますが、 意識や知能/知性が、身体の生命活動から来るという点が、私達のHIとAIの最大の違い だからです。
書くことは考えること
最近このメルマガ含めて書いても仕方ないなじゃないかと思っていた。正直映像のほうがみられるしPodcast含めてそういった時代になぜ書いているんだろう?と。しかし最近このhikaruさんのメルマガA Voundalyにあてられて、書くことの楽しさであり意義は日々自分の頭で過ぎ去る思考の断片を整理して固められることにあることかもしれないと思えてきた。
話しているときのほうが楽だし、結構楽しい。なぜなら書くことはめんどうくさいことだからだ。一方でイベントや人と話すときに、過去に考えたことを同じことをずっと話している自分がいることにも気づく。
そういったときに自分が構造的に話すことができることは一度文章にしたことがあることなんだということに再起的に気づく。なので書くことはそれ自体に届けられる力が今の時代にすごく強いわけではないかもしれないが、考えることにはつながるのだ。多分日々話しているときは考えてはいない、漏れている感じがする。その漏れの塊の思考として残すためにはこうして文章にすることが自分にとって良いかもと思っている。
書物は積極的かつ批判的に理解する作業を省いて、〝知恵があるという誤った思い上がり〟を抱いた弟子を作り出してしまうとソクラテスは考えていた」(マーサ・ヌスバウム)[* 25] 授業(もしくは会議) の内容を 綺麗 にノートに写している(議事録に書いている) が、中身は理解していないし、頭に残ってもいない。それなのに勉強して賢くなった気分(仕事した気分) になっているという感じでしょうか。
(中略)
興味深いのは、その弟子プラトンが、書き言葉には話し言葉にはない利点があり、書くことによって分析的な思考が可能になるということに気づき、師ソクラテスとの対話という形を取ることで、多くの哲学書を文字で書き残したことです。
結構この本全般読んでいると働いたり、なにか人間の力を信じようという機運が高まる本であったので、ぜひ何かAIの時代に不安でもありワクワクしている人は読んでみてもいい気がする。
おまけ
この本にでてくる孫さんの箱弁会議が非常に面白かった。対話を重視しながらそれを構造としてこういう会議体を設けている孫さんすごいなと思うし、自分もそういう会議をもっとしていきたいなと思えた。
こういう身体とともにあり、同じ場所で雑談をするそういった機会がもっと必要なのではないかということを改めて思えた。
孫社長は私が社長室長をしていた当時は、毎晩のように長時間の「箱弁会議」を開催していました。日中に分刻みのスケジュールをこなし、 19 時頃に最後のアポイントが終わると、孫社長の漠然とした興味関心の下になんとなく呼ばれた社内外の様々な人が、社長室に参集します。大学の先生、エンジニア、部品メーカーの技術担当などが 20 人程集まり、弁当を食べながら雑談を始めます。 最初の頃、他の会議と同様に仕切らないといけないと思っていた私が、アジェンダを設定し司会を始めようとしたら、孫社長に止められた記憶があります。私の仕事は、参加者に弁当を配り、個人NDAを参加者にサインさせること、そして社長が追加で参加してほしくなった人にその場で電話して出席依頼することでした。
-時代通信(紙のメルマガ・月1発行)
立ち止まって時代のことを考える記事とインタビューを毎月送付しております。
https://www.notion.so/317f3d7571ce80bd9034e0053128f390
-時代編集会議(Podcast)
時代社の編集会議であり、時代を考えている人にインタビューしたりしてます。
Spotify:

